前の日記でも、お伝えしました、
プロスノーボーダー松波和裕くん が・・・・
7月13日 午後5時20分 脳腫瘍のため、亡くなりました (享年30歳)
急な事ですし、飛行機が取れるかとうか、心配だったのですが、真駒内スキー場で、一緒に滑った仲間に、最後どうしても会いたくて
行ってきました、彼の葬儀が行われる北海道に!!!
そして、北海道に行って、みんなの話を聞いて、松波君の事について、いろんな事が見えてきました・・・
まず、この前の日記で述べた、私と彼が最後に会った、
真駒内ローカル飲み会 があった、2007年1月21日の時点では・・・・・
まだ、脳腫瘍があることは、分かっていなかったって事彼は、私や周りの友達に、
「膝が痛くて滑れない」 と言っていて、2月に、膝の手術を、していました
そして、2月に膝の手術をしている病院で、最近、頭の調子があまり良くないという事を医者に言ったところ、検査をしたら、脳腫瘍が見つかり、すぐに違う病院に、搬送されたようです
脳腫瘍が発覚し、すぐに手術したらしいのですが、彼は、時々、友達に・・・
「なんか、たまに頭が、痛いんだよね〜」と言っていたことがあり、松波君が亡くなってから、そういえばそんな事を言っていたことを、友達は思い出したのですが・・・・
彼が、偏頭痛持ちだった事友達も、「飲みすぎだろ〜」なんて言って、たしかに、軽い痛みだったし、その後、たいして本人も友達も気にしていなかったみたいです
でも、それは、確実に症状が出ていたので、何か体に異常を感じたときは、早めの検査が必要だという、教訓になりました
そして、脳腫瘍が発覚して、彼が亡くなるまで・・・・
計 3回 も手術していたという事そこで、私も思ったのが、なんでその間に、お見舞いに行きたくても行けなかったのか・・・
彼が入院している事を知っていれば、私だって、北海道を滑っているみんなだって、亡くなる前に、元気な松波君に会って、いろいろ話せたのに・・・
それは、彼が、入退院を繰り返している事を・・・・・
誰にも言ってなかったという事それは、弱っている自分の姿を見せたくなかったとか、病気を治して、治った時に、みんなに会えばいいやって思っていたからっていう理由も、もちろんあるだろうけど・・・・
やっぱり、私達スノーボーダーに会うと、
スノーボードがしたくなってしまうから だったみたい
彼は、入院中、ずっと筋トレをしていたみたいで、いつか復帰できるスノーボードのために、日夜努力していたんだって
もちろん、彼と1番仲良くしている友達1人、2人くらいには、ほんとの事を言ってたみたいだけど・・・・
その子も
「他の人には、誰にも言わないでくれ」 って、頼まれてたみたい
本人の、たっての希望だし、周りの人間に、黙っているしかなかった彼らも、ほんとに辛かったと思う
やっと、松波君の真実が見えて、
負けず嫌いな松波君 らしいな・・・・って、思ったよ
でも、友達としては、やはり、何かあった時は、連絡をしてほしかった・・・・
たとえそれが、軽い病気や、たいしたことのない怪我でも・・・・・
すぐ治る事が分かっていたとしても・・・・・
「今、実は、こんなんでさぁ〜、まいったよぉ〜〜〜」なんて言葉だけでも、聞きたくなるものです
松波君の
お通夜 には、本当にたくさんの人が集まりました
スノーボード関係者や、友達だけで、100人くらいは、いたんじゃないかな?
お通夜では、
天理教の儀 で、亡くなった松波君を奉り・・・・
たぶん、彼女さんが作ったと思われる、松波君の
生い立ちの写真スライドショー を、音楽をガンガンにかけて、みんなで見て・・・・
「あ〜、松波君、こんなウェア着てたなぁ〜」とか、思い出しながら・・・・
松波君が亡くなったという事実を、
まだ受け止められない自分 がいました
会場の入り口には、
松波君が生前使ってたスノーボード用具 や、
たくさんの思い出写真 、
TOYOTA BIG AIR の予選の時に着ていたビブ 、
スポンサーであるGUSHウェアの宣伝に使われたスノーボード雑誌での、松波君の飛びの写真 などなど・・・・
たくさんの
松波君が生きていた証 が、飾られていました
GUSH の広告
TOYOTA BIG AIR に出場する日本人選手をのせた、冊子(2006年度)

TOYOTA BIG AIR で着ていた
ビブ(※ ゼッケンの事)

・・・・・これを見てると、つい最近の松波君がいっぱいいて・・・・・
彼が
死んでしまった なんて、信じられない・・・・・・
いや・・・・
信じたくない後ろから、彼の「社長〜〜〜」って、声が、今にも聞こえてきそうで・・・・・
次の日の
告別式 で、彼が寝ている棺おけに、たくさんの花をいれて、彼と最後のお別れをしました
松波君は、顔色は悪くて、無表情で、入院中に伸ばしていた髭が、鼻の下からあごまで、いっぱい生えてて・・・・
・・・・私が最後の飲み会で見た松波君とは、ちょっと様子が違ったけど
いつもどうりの、松波君だ
松波君・・・・・・
なんで・・・・?
神様さぁ〜、なんで、松波君連れてくの?
まだ、30歳だしさぁ〜、早すぎやんか!!!!
なんで?なんで????神様がいるかどうかも知らないし、神様って人がどんな人か知らないけど・・・・・
神様って存在に
めちゃくちゃムカツイた悲しいっていうか、悔しくて、悔しくて、私の心は、張り裂けそうだった
とにかく、滝のように出てくる涙を、拭いて拭いて、拭きまくって
もう最後だから、一生忘れないように、一生懸命、松波君の顔、見ようと思ったけど
なんか、涙で曇って、あんまはっきり見えなかったな・・・・・
彼は、いつも、笑顔でした
彼は、とても頑張り屋さんでした
彼は、ほんとに、ほんとに、
スノーボードが大好きでした
プロスノーボーダー 松波和裕 30歳彼は、30年間 確かに、ここに、生きていましたみなさんも、松波和裕という人間が、生きて頑張っていたという事を、忘れないでいてやって下さい
そして、体に、ちょっとでも異変を感じたときは、すぐに検査を受けてください
体に変化を感じなくても、自分は大丈夫なんて思わないで、検査を受けてみてください
そして・・・・・・
できるだけ
できるだけでいいので・・・・・・
長生きをして下さい それが、今の私の、願いです
ずっと、記憶の中では松波君はこの笑顔でいてくれます。
松波君らしい生涯を送った事を称えて、自分らも自分らしい人生を歩まなきゃね。
社長写真いっぱい載せてくれてありがとう。